1.吸血鬼の城

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うちは紛れもなくアメリカ在住だけど、家にヴァイオリンがあるために、昔から『土足厳禁』にしている。 なので玄関に入ると、まず玄関ギャラリーでスニーカーを脱いでスリッパに履き替える。そしてヴァイオリンケースを置くために、廊下から練習室へ入る。 僕のいつもの習慣だ。 でも、この部屋全体に立ち込める芳しい香りは予想外だった。 何故、練習室がこんなにウンチ臭いんだ? 「お帰りなさい。」 様子を伺うようなアヤの声に振り向くと、ミユとモエ、そしてベルを抱っこしたアヤが申し訳なさそうに立っていた。 「犯人はベルです。」 アヤはベルを差し出す。 「煮るなり焼くなりしてください。」 そして真ん丸の顔に瞳をキラキラさせて、手足をバタバタさせているベルが僕の腕に抱かれた。 あぁ、赤ちゃんの匂い。 「君は一体何をしたの?」 僕の質問に対し、ベルはぷっくりと膨れたモミジのような手で、僕の頬や鼻をペチペチ叩きながら答える。 「キャハッ!チャーン!」 ミユが翻訳する。 「ベルは申しております。側にあったウンチ付きのおむつをつい放り投げてしまい、パパのヴァイオリンケースの上に落下させてしまいました。」 ヴァイオリンケース? あっ、あーーっ!今日は打ち合わせだったので、ヴァイオリンは練習用のレプリカを持って行った。 と言うことは、『女王』の入ったヴァイオリンケースにウンチ付きのオムツが落下? 僕はベルを抱っこしたまましゃがみこむと、ピアノの下に置いてある布製のヴァイオリンケースを見た。 確かに拭いた跡が残ってる。 モエは言う。 「ベルはとても反省しています。食事も喉に通らないみたいです。」 臭い!ケースが臭い! 「ベルッ!」 僕は大きな声で怒鳴る。 「チャン!チャーン!」 ベルは大喜びで僕よりもっと大きな声を出す。 17歳の頃から愛用している苦楽を共にしてきたヴァイオリンケースなんだぞ! ハッ! ヤバイッ! コレを拭くために、アヤはケースの中身を出した? 僕は戦々恐々として妻を見る。 「中身を出してクリーニングしようと思ったのだけど、“男性の事情”が沢山入ってるようなので遠慮しました。」 げげっ! ケースには、17歳の頃から溜まりっぱなしの、イケナイ場所の案内状やイケナイ画像の切り抜きが沢山入っていたのだ。 …。 ベルのバカ。 ベルの頭を人差し指でペチンと叩くと、仕返しに鼻の穴に指を突っ込まれた。
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