1.吸血鬼の城

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神に誓って言うけれど、僕は結婚してから一度も風俗に行ってない。 勿論、他の女性にも手を出していない。 本当にアヤだけ。 あれだけ10代の頃から好き放題してきたのに、仕事で一ヶ月アヤと離れようが、二ヶ月離れようが、貞操を守ってきた。 だから、今更昔の女遊びの残骸が出てきたところで、小さな顔をしなくてもいいのだ。 「ねぇ、パパ。」 「はいっ。」 リビングでアヤに呼び掛けられ、思わず背筋を伸ばして返事をした。僕はいつの間にかアヤからも“パパ”と呼ばれるようになっている。 「次のトランシルバニアって、一人で行く事になるの?」 「え?」 トランシルバニアの風俗には行った事がない。というか、ルーマニアはブカレストしか行った事がない。 「何考えてるの?」 「え?」 「ルドが入院したから一緒に行けないでしょ?だから先方に連絡しておいた方がいいんじゃないかな。」 風俗の話じゃない? 「バーカ。」 「…。」 バカにされてしまった。心にやましいところがあると、普通の事を言われても、その事を言われてるような気になるものだ。 でもアヤの言う通りで、先方に連絡しないといけない。 今回のトランシルバニアの演奏会は、いつもの仕事と少し違う。 実は数ヶ月後に、トランシルバニアのブラショフにある城で、イザイの無伴奏ヴァイオリンソナタのレコーディングをする予定になっている。 そこで城主が、下見を兼ねて演奏会をしないかと打診してきたのが今回の仕事。 ただそれは、マネジメント会社を介さない、城主の知り合いだけを集めた完全なプライベートコンサートで、ギャラも城主が払ってくれる。 確かに城での録音は、音楽専用ホールやスタジオでの録音とは勝手が違って、音の響き具合や残響などの予想ができず、前もってそこで弾かせてもらっておくと、心積もりができるのでとても良い。 でも、過密スケジュールの中、急にルーマニアに行けるかなぁと思っていたら、なんと自家用飛行機を手配するから、どこにでも迎えに行くし、どこにでも送ると城主が申し出てくれた。 自家用飛行機? 余りにも驚いたのでG社に相談すると、そこの城主はそういう人だから甘えてもいいと言う事で、申し出を受ける事にした。 そして宿泊に関しても城主から、城にルドと僕の二人分を用意すると言われていた。だからルドが行けないなら連絡も必須になる。 僕は城主にメールを送った。
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