2.4年ごとのリヒノフスキー

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さぁ、リハーサルが始まる。 ここ何年か、ブラームスやらベートーベンやら、超重量級の曲目が続いていたので、今回は華やかなショーピースを集めた。 ショパンと同じポーランドの作曲家、ヴィエニャフスキーの『レジェンド(伝説)』、『スケルツォ・タランテラ』、『モスクワの思い出』や、そしてバルトークの『ルーマニア民俗舞曲』も弾く。 『ルーマニア民族舞曲』は、アヤやベルと行ったトランシルバニアでの思い出を少しでも長く心に留めておきたくて、今回のプログラムに入れた。 「ねぇ、ジム。このルーマニア民族舞曲だけどさぁ…。」 リハーサルの途中にダイゴが声をかけてきた。 「ん?何?」 僕はヴァイオリンを顎に挟んだままダイゴに歩み寄る。 ところが彼はバルトークの事は言わずに「あれ、どうしたの?」と僕の顔を見つめた。 「えっ?」 「顔が赤いよ。」 「えっ?」 僕は顔を手で撫でる。 「いいんだ、いいんだ!」 ルドが客席から大声を出す。 「ジムはルーマニアとかトランシルバニアって言葉を聞くと赤面するという、わけのわからん病気にかかってるんだ。」 「病気?」 ダイゴは不思議そうな表情をする。 そんな大きな声で言わないでくれ。 でもそうなんだ。 僕はルーマニアやトランシルバニアという言葉を聞くと、未だにシェンカーさんにキスをされた感覚だとか、そしてアヤと過ごしたスケベな夜とかを思い出して、思わず顔が赤くなってしまう。困ったものだ。 「で、何?」 あまり深く追求されても困るので話を本題に戻す。 「不思議な響きの曲だなぁって思って。何かジムがイメージしていることがあれば教えてほしいな。」 「あぁ、そうだね。」 確かにこの曲はエキゾチックで舞曲なのに妙に官能的だ。 「この曲は初版時は“トランシルバニアのルーマニア民族舞曲”って題名だったらしい。僕は2月にトランシルバニアに行ったけど、ドラキュラ伝説が生まれるのが解るような不思議な空気だった。」 「うん。」 「今度レコーディングする城に泊まらせてもらったのだけど、高台にそびえる城は外敵から身を守るために窓が少ない。ちょっと異様だった。そして中は重厚だけど、パリ王宮のようなキンキラじゃなくてセピアのように渋いんだ。」 「うん。」 「僕たちの泊まった部屋は電気がなくてランプが灯ってたんだ。暖炉には赤い炎。そして…。」 アヤの妖しく光る黒い瞳。
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