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僕は言った。
「じゃ、コンクールでは皆この冊子みたいな弾き方をしてるんだ。」
「皆とは言わないけど、でもこ~んな弾き方をしてる人が多いですよ。」
リヒノフスキーはヴァイオリンを水平に構える格好をし、一点を見つめながら口を尖らせて大きくビブラートをする僕の癖を真似しながら答える。
僕は「それ、誰?」と呟きながら、彼の頭をパコンと小さく叩いてやった。
ルドは「似てる、似てる。」と笑いながら「まぁ、野球選手でも何でもそれなりの選手は相手チームから研究されるわけだし、それと同じでジムが研究されても珍しい事ではないだろう。」と僕の手にある冊子を奪って言う。
「そうだよ。僕だって若い頃は好きなピアニストの演奏を真似してたよ。研究されるのは、ある意味演奏家冥利な事なんじゃない?」
ダイゴの言葉にルドは大きく頷いた。
「…。」
あまり気に止める事はないのかな?
ルドは大した事ではないように捉えているようだし。
ルドが騒がないんだったらまぁいいか。
「さぁ。そろそろ準備をするか。リヒノフスキー君はどうするんだ?」
ルドが椅子から立ち上がりながら言うと、リヒノフスキーは「僕は舞台袖で聴かせてもらえますか?ブラッキンさんと積もる話もあるし。」と答える。
積もる話?
なんだろう。リハーサルの時の涙と関係あるのかな?
「了解。じゃ、俺はちょっと客席の様子を見てくる。」
ルドが言うとダイゴも立ち上がり「僕もそろそろ着替えるよ。」と二人揃って部屋を出て行った。
僕は空になったピザの箱を小さく折り曲げながらリヒノフスキーに聞く。
「何かあったのかい?」
「…。」
さっきまでの饒舌ぶりはどこへやら。リヒノフスキーは口をつぐむ。
「ん?」
「ユウコさん…。」
ユウコとは僕と同じ年の女流ヴァイオリニストの事だ。
「ユウコさんに恋人ができたんです。」
ほお、良かったじゃないか。彼女は数年前に恋人に先立たれ、かなり落ち込んでいた。
って、あれ?
リヒノフスキーが涙をポロポロ流している。
「僕というものがありながら。」
彼はそう言いながら僕に抱きつき、僕の肩に涙をギュッと押し付けてきた。
「君とユウコ、付き合ってたの?」
「ううん。でも僕は彼女を愛しているんです。」
何となく憧れていたのは知っていたけど、愛?
驚いた。
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