2.4年ごとのリヒノフスキー

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本番が始まる。 幸いな事にストラッドに落書きをした過去の影響もなく、普段の演奏会のように満員御礼…。 というか、座席のキャンセル待ちの人達がホールの外に溢れ返るくらいに大盛会な演奏会だった。 “ブラッキン、クレモナ初登場”ということで珍しさもあるのだろう。 ただ客席にはやたらヴァイオリンケースを持った人が多くて、その辺りはいつもと少し違うなぁと思った。 やはり、クレモナ音楽祭という弦楽器のお祭りの中での演奏会なので、自らもヴァイオリンを弾くお客さんが多いのだろう。 そしてそれは演奏会終了後にサインを求めて楽屋にやって来た人達を見て、より強く実感した。 僕と握手しながら「私もヴァイオリンをやっています。」と言う人の多い事。 そしてここでも「弟子にしてください。」「レッスンをしてください。」と言われまくる。 中にはケースから実際にヴァイオリンを出して並んでいる人もいて、まさかおっぱいとおへそを描けと言われるんじゃなかろうかと心配していたら、「左手のピッチカートのコツを教えてください。」と言われた。 「それはこうやって…。」とその人のヴァイオリンに触れようとした瞬間、他のサインを待っている人たちが途端にヴァイオリンケースのチャックを開け始めた。 ゲゲっ! 僕はその人に「ひとりにアドバイスすると皆にしなくてはならなくなる。主催者やホールに迷惑がかかるのでごめんなさい。」と謝り倒して諦めてもらった。 また中には親子で来ている人もいて、「どうしてもレッスンができないのだったらブラッキンさんの先生を紹介してください。」と粘られた。 僕の先生?イタリアにはいないけど。 「ニューヨークでもイスラエルでも、どこにでも出掛けます。」 母親は必死に言うけれど、ニューヨークで17歳まで習っていたダリヤ先生は、S音楽院に入学しないとレッスンしてくれないし、イスラエルにいた時のタミル先生はもう他界している。 紹介できる人がいない。 「お知り合いでも良いのです。」 母親は粘りまくる。 知り合いねぇ。あっ、いたいた! 僕は楽屋のドアに向かって「リヒノフスキー!」と呼ぶ。 かくして、世界的なヴァイオリニスト・リヒノフスキーの登場に辺りは騒然となる。 いわゆる“弟子願望系”の人はリヒノフスキーに押し付け、僕は純粋にサインを求めてくる人だけを相手にする。 そこに意外な人物が現れた。
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