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「で、なぜ君がマスタークラスの受講者の顔を知ってるの?」
素朴な疑問をリヒノフスキーにぶつける。
「そりゃ、マスタークラスの先生もしていたからですよ。」
「…。」
うへっ。
コンクールの審査員といいマスタークラスの先生といい、こいつは着々とキャリアを重ねている。
羨ましいとは思わないけど小憎たらしい。
「それで、さっき並んでいた人の中から、明後日のオフ日に何人かレッスンする事になりました。」
ふーん。
「ブラッキンさんもいつかは年を取るんだから、老後の事も考えて弟子くらい取った方が良いですよ。」
ふん!弟子なんて面倒なだけだ。
生徒は可愛いかもしれないけど、その親と付き合うのが嫌なんだ。
僕は昔から演奏家の母親に好かれた試しがない。
その筆頭がリヒノフスキーの母親だ。
これからも演奏会の度に“弟子志願者”がやってきたら困るなぁ。『弟子お断り』の張り紙でもしようかな。
「おいっ、着替えたか?」
ルドがヒョイと部屋に入ってきた。
「ナネッテが弓を見て欲しいって待ってるぞ。」
ナネッテ?
あぁ、シュトライヒャーの奥さんの事か。“ナネッテ”っていう名前なんだ。
「…。」
ルドが、一度や二度しか会っていない女性を名前で呼ぶなんて珍しい。
「どうした?」
「ううん。入って貰っていいよ。」
僕はそう言いながら、燕尾服やらネクタイやらで散乱しているソファを急いで片付ける。
「弓って何ですか?」
リヒノフスキーが尋ねてきた。
「シュトライヒャーって弓職人の奥さんが弓を見て欲しいんだって。君も見てみる?」
「ブラッキンさんが弓を見るところ、見たいです。是非見せてください。」
はは。こいつはこういう所は可愛い。
しばらくして、ナネッテ・シュトライヒャーがルドやダイゴと談笑しながら部屋に入ってくる。
僕を待っている間に三人はすっかり仲良くなったみたいだ。
ナネッテは僕に「お疲れのところ、すみません。」と言い、リヒノフスキーを見て「お二人がご友人とは知りませんでした。」と頬を染めた。
「セルジュ・リヒノフスキーです。弓を見せて頂けるそうで楽しみです。」
「ナネッテ・シュトライヒャーです。お目にかかれて光栄です。」
ふたりは礼儀正しく挨拶のキスを交わした。
で、シュトライヒャーの弓を見る。
リヒノフスキーも「あぁ。」と残念そうな表情をした。
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