2.4年ごとのリヒノフスキー

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「で、なぜ君がマスタークラスの受講者の顔を知ってるの?」 素朴な疑問をリヒノフスキーにぶつける。 「そりゃ、マスタークラスの先生もしていたからですよ。」 「…。」 うへっ。 コンクールの審査員といいマスタークラスの先生といい、こいつは着々とキャリアを重ねている。 羨ましいとは思わないけど小憎たらしい。 「それで、さっき並んでいた人の中から、明後日のオフ日に何人かレッスンする事になりました。」 ふーん。 「ブラッキンさんもいつかは年を取るんだから、老後の事も考えて弟子くらい取った方が良いですよ。」 ふん!弟子なんて面倒なだけだ。 生徒は可愛いかもしれないけど、その親と付き合うのが嫌なんだ。 僕は昔から演奏家の母親に好かれた試しがない。 その筆頭がリヒノフスキーの母親だ。 これからも演奏会の度に“弟子志願者”がやってきたら困るなぁ。『弟子お断り』の張り紙でもしようかな。 「おいっ、着替えたか?」 ルドがヒョイと部屋に入ってきた。 「ナネッテが弓を見て欲しいって待ってるぞ。」 ナネッテ? あぁ、シュトライヒャーの奥さんの事か。“ナネッテ”っていう名前なんだ。 「…。」 ルドが、一度や二度しか会っていない女性を名前で呼ぶなんて珍しい。 「どうした?」 「ううん。入って貰っていいよ。」 僕はそう言いながら、燕尾服やらネクタイやらで散乱しているソファを急いで片付ける。 「弓って何ですか?」 リヒノフスキーが尋ねてきた。 「シュトライヒャーって弓職人の奥さんが弓を見て欲しいんだって。君も見てみる?」 「ブラッキンさんが弓を見るところ、見たいです。是非見せてください。」 はは。こいつはこういう所は可愛い。 しばらくして、ナネッテ・シュトライヒャーがルドやダイゴと談笑しながら部屋に入ってくる。 僕を待っている間に三人はすっかり仲良くなったみたいだ。 ナネッテは僕に「お疲れのところ、すみません。」と言い、リヒノフスキーを見て「お二人がご友人とは知りませんでした。」と頬を染めた。 「セルジュ・リヒノフスキーです。弓を見せて頂けるそうで楽しみです。」 「ナネッテ・シュトライヒャーです。お目にかかれて光栄です。」 ふたりは礼儀正しく挨拶のキスを交わした。 で、シュトライヒャーの弓を見る。 リヒノフスキーも「あぁ。」と残念そうな表情をした。
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