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「私、男に振られた事がないの。あまり調子に乗らないで」
女はそう言い放つと男の胸元にチェイサーとして出された水を勢いよくかけた。
男は黙ったままハンカチを取り出すと、自分の胸元を軽く拭き去り、席を立ち、そのまま店を出て行った。
女はタバコケースからタバコを取り出し火をつけると、ソファーに深く腰掛け、脚を組み直し、長い髪をかき上げた。
「いいんですか?」
少し間を置いてから、気遣うように寄ってきたバーテンダーに女は苦笑し、
「いいのよ、いつもの事だわ」
溜息交じりにそう答えると、タバコの煙をスポットライトに吹きかけた。
都心の、駅から少し離れた地下のBAR。裏通りのあまりきれいとは言えない入り口から狭い階段を降りると、幻想的な別世界の空間が広がる。
店内にはクラシカルな音楽が音を絞られ、か細く流れており、程よい緊張感が心地いい。
一枚板のカウンターにはピンスポットが等間隔で当てられており、黒いレザーソファー、バックバーにはビンテージ物の酒達が列を並べ、壁際には遊び程度のテーブルが二つ、その間には埋め込み式の水槽が一つ飾ってあり、金魚達が戯れ、BAR内の張り詰めた空気を和ませてくれている。
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