7/7
前へ
/7ページ
次へ
  煙草の味が三通りくらいにする。   死ももう、とおくはないのかもしれない……。  「ふぅ」  俺は居間の片隅で煙草を吸う。気が向いたときにしか吸わない煙草。  あいつの妹が、少し離れたところに蹲って泣いている。右手には赤く濡れた包丁があった。  「ふぅ」  もう何度目の溜息だろうか。これは煙草の煙を吐く音じゃなくて、溜息だ。  バスタオルで止血しているが、果たしてこのままでいいのだろうか。いや良くはないはずだ。だがどうすることもできない。  あいつの妹の左手には、赤く濡れた厚い封筒があった。  「秋先輩―――」  「なんだ」  「ご、ごめんなさい―――」  「ごめんで済んだら世の中警察はいらないんだよ」  下らないありきたりな台詞しか出てこない。俺も末期だな。思考回路が滅茶苦茶だ。  「いいからお前は手を洗って早く帰れ」  煙を燻らせながら俺は言った。言ったのか。言ったのかもしれない。何が何だかわからなくなった。  「でも―――」  泣いている。あいつの妹は泣いているが、何もできない。そんな奴に用はない。  そろそろ、この腹の創にも限界が来たようだ。  俺はゆっくりと目を閉じた。  ほしいものは手に入れた。そんな俺の人生だ。  こういう終わり方も、悪くない。 Fin. 引用:中原中也『秋』
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加