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煙草の味が三通りくらいにする。
死ももう、とおくはないのかもしれない……。
「ふぅ」
俺は居間の片隅で煙草を吸う。気が向いたときにしか吸わない煙草。
あいつの妹が、少し離れたところに蹲って泣いている。右手には赤く濡れた包丁があった。
「ふぅ」
もう何度目の溜息だろうか。これは煙草の煙を吐く音じゃなくて、溜息だ。
バスタオルで止血しているが、果たしてこのままでいいのだろうか。いや良くはないはずだ。だがどうすることもできない。
あいつの妹の左手には、赤く濡れた厚い封筒があった。
「秋先輩―――」
「なんだ」
「ご、ごめんなさい―――」
「ごめんで済んだら世の中警察はいらないんだよ」
下らないありきたりな台詞しか出てこない。俺も末期だな。思考回路が滅茶苦茶だ。
「いいからお前は手を洗って早く帰れ」
煙を燻らせながら俺は言った。言ったのか。言ったのかもしれない。何が何だかわからなくなった。
「でも―――」
泣いている。あいつの妹は泣いているが、何もできない。そんな奴に用はない。
そろそろ、この腹の創にも限界が来たようだ。
俺はゆっくりと目を閉じた。
ほしいものは手に入れた。そんな俺の人生だ。
こういう終わり方も、悪くない。
Fin.
引用:中原中也『秋』
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