桜空

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      「まるで春の女神みたいですね。春を司る佐保姫。  知ってます。土方さん。山南さんに教えてもらったんですけど…。  季節にはそれぞれ司る女神がいるんだそうです。夏のつつ姫。秋の竜田姫。冬のうつた姫。そして春の佐保姫。  あの姉弟が侍従の童と春の女神。私にはそんな風に見えるんですよ。」  うっとりしたように沖田が聞きかじりの知識と感想を口にする。それを聞き流しながら土方は近づいて来る姉弟に目を奪われていた。  沖田が騒ぐのも頷けた。姉弟は二人とも整った綺麗な顔立ちをしていた。そして姉弟とは思えないくらい似てはいなかった。  弟であろう少年はきりりとした目元も凛々しい男らしい顔立ちだ。頬の線はふっくらとして充分に幼いのだが、少年の纏う空気は鋭く幼いながらも野生の獣を連想させた。  姉だと思われる少女は歳の頃十六・七。派手ではないが柔らかな雰囲気の優しい顔立ち。儚げな印象さえあるが、それは少女の目を見るまでだった。第一印象を裏切る瞳は強い意思を秘め少女の魅力の一つとなっている。さらにその強い瞳と儚さが合わさって、少女の不思議な魅力となっていた。  一陣の風が吹き少女の着物をはためかせた。桜が舞い散り土方の視界を覆った。  桜色に霞む視界を透かして見れば、少女の薄紅色の着物が周囲の桜と溶け込んでしまいそうな錯覚を起こさせる。    桜吹雪の中、土方は少女と目が合った気がした。  突然、夢の中に放り込まれたような眩暈に襲われて、一瞬体がぐらつき倒れそうになる。土方はそれをこらえてひたと前を見た。  あの少女が春の女神だというのならば、桜吹雪とともに消えてしまうのでは、などという馬鹿らしい焦燥にかられて目をこらした。  
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