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「やめとけ。
擦るんじゃねぇ。」
低いが穏やかな声がして、香織はハッと顔を上げた。反射的に目を開けようとしたが鋭い痛みに襲われて、再び顔を手で覆って俯いた。
香織が痛みに耐えていると、先程と同じ男が心配そうに声をかけた。
「大丈夫か?
無理すんじゃねぇよ。
目にゴミでも入ったのか?」
気づかうその声は優しかった。
香織は声の主が自分達の前にいた二人の内の一人だと悟る。そして直感的に、この声の持ち主がが、あの時目が合ったと思っ方の男だと感じた。
また、何となくそうだといいなとも思ったのだ。けれど…、
「すいません。お気遣いありがとうございます。
でも、しばらくすれば治ると思いますので…」
(だから、放っておいてください。)
口に出さなくても伝わるだろう言葉と意思表示。
いくら気を使われたとしても見知らぬ他人。しかも垣間見た姿は浪人風だった。回りの人々に散々注意されているのだ、不用意に男を近づけさせるわけにはいかない。
香織はやんわりと断ったつもりだった。だが、男が立ち去る気配はなかった。
土方は拒否されたのだとわかってはいた。若い娘としての心境も理解できた。それでも土方は立ち去りがたい気持ちが強く珍しく逡巡していた。
そこに沖田の明るい声が響いた。
「でも、目が痛くて辛いのでしょう。そんな人を放っておくなんて私にはできません。
私達に手助けをさせてくださいませんか?」
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