序章

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 キョウコは破顔してそれに応えた。その聖人にとって、それが人生最後の光景となった。  扉の両脇で全てを見ていたはずの警備兵たちですら、その時何が起こったのかを正確に捉えることは出来なかった。  キョウコの上半身がゆらりと揺れたかと思うと、突然部屋の中にいた聖人の男と護衛のふたりが、まるで糸が切れた人形のように倒れこんだ。そして彼らが完全に倒れこむよりも速く動いたキョウコの腕が一文字に振られた途端、警備兵たちのバイザーが真っ白にひび割れたのだ。  横に振り抜いた姿勢のままのキョウコの腕には、東洋の曲刀、倭刀が握られていた。その場にいた三人を切り倒し、今また眼前の警備兵を斬ろうと顔を上げたキョウコに、笑顔はもう無かった。  一方、視界を失った警備兵の対応は速かった。バイザーのひび割れを見た瞬間、すぐさま敵の存在を感じ取った。そして後ろに仲間がいることを考え、当たるかどうかもわからない攻撃はせず、退いて異常を知らせようと動いたのだ。  しかし、キョウコは更に速かった。  ヘルメットを外すこともせず後ろへ退き始める警備兵に追いすがりながら、上段に振りかぶった倭刀をヘルメットへ叩き付けたのだ。今度は振り抜かず、一度打つごとに刀を跳ね上げながらふたりの警備兵のヘルメットへ刀を打ち込んだ。  ビリヤード球を打つような音がして、警備兵のヘルメットにまっすぐな亀裂が入った。その途端、俊敏な動きで部屋の外へ出ようとしていた警備兵は足を滑らせたように倒れこみ、そのまま起き上がってこなかった。  部屋に束の間の静寂が訪れる。血の匂いがしてこないことから彼ら五人に外傷が無いことが分かる。それに微かな息遣いも聞こえてくる。どうやら彼らは昏倒しているだけのようだ。  メタルスレイヤーにはいつの間にか布が被せてある。これは刀がメタルスレイヤーに侵食されないようにするための対処だろう。メタルスレイヤーに限らず、全ての破片の浸食作用はそれが浸食することの出来る物質以外の物質で遮ることによって完全に抑える事ができる。メタルスレイヤーを保管している第四支部の機密区画内が石材で構築されているのはそのためだ。  キョウコは刀を一旦脇に構えた。そして引き絞るように体を屈めると、そのままの格好で通路へ飛び出した。
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