序章

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 正面玄関をくぐって第四支部に入った聖人の男を迎えたのはスーツ姿の女だった。この地では珍しい、輝くような黒髪が目を引く。女性しては長身だがまだ若いようで、化粧はしているものの、大学生であるかのような顔立ちは隠しきれていない。黒縁の眼鏡が聡明さを醸しだしているが、装飾品の効果も限界というものはある。また女の薄い胸板が若者によくある中性的な部分を助長しているが、それは彼女が若いから、ということでもないのかもしれない。  女は首から提げた身分証をよく見えるように持ち上げると話を切り出した。 「本日、当支部のご案内をさせていただきます、キョウコ・カシヤと申します。第四支部では破片管理技師の任に就いております」  キョウコはそう言って右手を差し出す。しかし聖人の男は握手をしようとはせず、憮然とした顔をして言った。 「聖人、ダウニー・マクラウド。昔来たことのある支部だ、案内はいい」 「分かりました。では、こちらへ」  キョウコは聖人の男の肩できらめく十字星の勲章にちらりと目をやると、彼の無愛想にも顔色ひとつ変えずに先導を始める。  十字星の勲章は聖人の証だ。軍事功労章やら文化勲章やらが放つ金や銀のきらめきを見慣れている破片管理技士でも、十字星の勲章を見る機会は年に何度も無い。それには聖人が世界に九十六名しかいないことも関係しているだろう。しかし実際のところ、彼らは表舞台に立つことを極端に避けるのだ。いや、恐れているといったほうが近いかもしれない。なにしろキョウコが配属されているこの第四支部にも、聖人がふたり配属されているのだ。にも関わらず彼女が支部内でその聖人たちに出会ったことは一度も無い。 (彼ら聖人こそ『闇夜のカラス』と称される重複十字星騎士団の最たるものだ)  彼女はそう思った。  一同は第四支部の重厚な敷床の玄関ホールを抜け、そのまま団員が敬礼する通路を横切って二階層分を一気に降りる階段へと向かう。階段の直前に鋼鉄製のシャッターがある以外は、階段を降り始めればもう他の区画を横切ることなく第四支部の最下層へと辿りつく。  彼らが階段を降りきって初めに見たのは長い通路だった。天井、壁、床の全てが白い石造りで輪郭が曖昧なせいもあるが、あまりに長すぎて突き当たりが不鮮明だ。飾り気のない通路に他の何も据え付けられていなければ、あるいは別世界に迷い込んだのかと錯覚するものもいるかもしれない。
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