市井止詩という青年

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 市井止詩(いちい とうた)は今年社会人になって4ヶ月になる若者だ。  しかし、社会人とは言っても本人にその自覚は薄く、就職した会社もどこかバイト気分で勤めていた。  出社前、安アパートを出る前に止詩は扉の前で必ずため息をつく。続く言葉は「ダルい」か「寝てたい」のどちらかだ。  働く気がないというわけではない。働かなければ給料がもらえず、それはすなわち生活ができなくなるということだ。親に仕送りをしてもらえないのでなおさら頑張らなくてはならない。  しかし、やはり気が進まない。成人はしたがまだまだ心は子供のままなのだ。一日中でも遊んでいたい。出社時間ギリギリまでゲームをしていたい。 「でも、できないんだよな……」  アパートと会社の丁度中心に位置する公園のベンチに座り、止詩はため息をついた。  彼には長所、短所として一度集中すると周りが完全に見えなくなるという癖があった。それが好きなことでも嫌なことでも、集中してしまえば一区切り付くか終わるまで時間すら忘れてしまう。  仕事をする時に関して、この癖は長所になる。新入社員の止詩は覚えることが山のようにあり、雑用も同じくらいにある。それをこなすにはこの癖が役に立つ。  短所となるのはゲームをしている時だ。特に出社前の僅かな時間、少しくらいと思っていたが気がつけば1時間以上出社時間を過ぎていたことがある。  そんなことを5回もやってしまい、「疲れて寝坊して……」の言い訳や普段の仕事ぶりでもカバーできなくなったところで止詩は決意した。『出社前にゲームをするのはやめよう』と。  当たり前のように思えるが、止詩からすれば一大決心だった。  まだまだ遊んでいたい年頃なのだ。学生時代は時間さえあればゲームをしていたのだ。部屋に戻ればまだまだクリアしていないソフトは山のように積み重なっているし、後から後から新作は出てくる。今のプレイ時間ではとても追いつかない。だから、1秒でも長くゲームをしていたい。  しかし、働いてる以上はそうも言ってられない。親のすねをかじれなくなって久しい昨今。これまで続けてきたバイトではさすがに収入と支出が合わず、さっさと就職を決めた。来月発売の超大作のためにも、今日も頑張らなければならない。
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