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名前も知らない少女
「は?」
僅かに腕を上げ、視線を動かすと隣に少女が座っていた。
どこからどう見ても高校の制服姿だった。夕方ごろ、会社の窓から見下ろす道を何人もの少女が同じ服で歩いてるからまず間違いないだろう。
セミロングの髪は薄く染められていて、気だるそうな雰囲気と相まって『最近の若者』と止詩に認識させた。
「ねぇ、暇?」
再び少女が聞いてくる。止詩は再び目を隠してぶっきらぼうに答えた。
「これでも出社前」
「なんだ、残念」
少しも残念そうな雰囲気のしない声で少女は言った。
止詩は再び腕を上げ、横目で少女を見た。なにをするでもなく、前を向いて座っていた。
「……学校は?」
少し迷って、止詩は尋ねた。
「自主休校」
少女はあっさりと答えた。
「便利な言葉だな、それ」
「お兄さんも使ってたクチ?」
「いいや。俺の場合は予期せぬ突然の病、つまりは風邪」
「ズル休みしたんだ」
「お前と同じ」
「私は違うよ。朝のHRには参加してる」
「それじゃあ、ズル早退」
「それなら正解」
ふたりはお互いを見ることもなく、会話を続ける。
「なんで俺に話しかけた?」
「迷惑だった?」
「別に。ただ、暇つぶしにはなる」
「なら、問題なし」
「しかし、こんな所にいる理由が気になる」
「なんで?」
「町の方に行けば遊び場も、構ってくれる奴も山のようにいるから」
「確かにね。でも、ダメ」
「なぜ?」
「私を学校という名の監獄に連れていこうと企む怖い怖い人たちがウロウロしてるから」
「……納得」
「あなたはしてたの、ウロウロ?」
「怖い怖い人たちがいたからな、家から出なかった」
「分かってるじゃん」
「先輩だからな」
ふたりは小さく笑った。お互いを見ることなく、声だけを通わせるように。
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