青年と少女

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青年と少女

「はい」  少女の手が動き、鞄から取り出したなにかを止詩の膝の上に置いた。 「ん?」  止詩は腕をどかし、膝の上に手を伸ばした。  『遺書』。白い封筒に、シンプルにそう書いてあった。 「……本気ならイエス。冗談、からかいならノーで答えよ」 「イエス」  止詩ははじめて少女を正面から見た。どこにでもいるような、普通の少女だった。 「読んでいいよ」  少女は笑顔で言う。止詩はその笑顔を数秒睨んで、封筒を開いて中の文章に視線を走らせた。読み終わるのに1分もいらなかった。 「お兄さんさぁ、人生は楽しいと思う?」 「……さぁな」 「私はね、つまらないと思う」 「そうか」 「目標とか、夢とか、そういうのも見つからない」 「寂しいな」 「だから、こんな生きてるだけで酸素や食糧やその他諸々を消費するだけの人間は消えるべきだと思ったわけですが、どうでしょう?」  少女はどこまでもおどけていた。言っていること事態は真剣なのだろう。しかし、性格ゆえか、死を語っているにもかかわらずおどけている。  遺書が納まった白い封筒に対して、この世に残す最後の文章を綴った紙がアニメキャラの便箋なのが、その証拠だ。 「……俺は人の意見は尊重するべきだと思っている」 「なら、死ぬべきだね」 「だが、死ぬと言う人間を見過ごせない偽善も持ち合わせている」 「あらら」 「さて、俺はどうしたらいいでしょう?」  止詩が逆に尋ねた。少女は顎に指を当て、考えるそぶりを見せた。 「……難しいね」 「だろう?」 「お兄さん、死にたいと思ったことは?」 「両手の指で足りるくらいには、考えたかな?」  止詩はゆっくりと立ち上がった。 「ただ、ここで死んだら大好きなゲームができなくなると思うと、死ぬ気が失せた」 「それで思い留まれた?」 「あぁ。次の日には笑い話にもならないくらいこっ恥ずかしかったな」 「お兄さんは持ってるんだね、退屈しない理由」 「大衆からすればくだらないと判断されそうな理由だけどな」 「でも、私にはないね」 「探せばいいさ、先は長い」 「それって答えを先延ばしにするずるいセリフだよ」 「そうか?」 「そう」  少女も立ち上がった。口では止詩を責めているが、顔は楽しそうな笑顔だった。
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