~人のあり方その壱~

3/3
前へ
/6ページ
次へ
 だとしたら、その違いこそ人のもっとも見せてくれる大事な人の生ではないでしょうか……   第二次世界大戦時 日本の将兵はほとんど自決という事により自らの生を汚させないでいました。 一部ではそうしたのは、時代の教示といい 悪かったのはその時の政府や天皇陛下への非難となります。 では皆さんは自信が、今、包丁を片手にした時、それを何らかの為に、喉笛に腹に、手首に当てた時 それに脅されていたと言えるのでしょうか?   彼らは汚されない故郷や家族を思っていたと残された将兵達を伝えています。 それらが嘘だ。 情報操作だと言ったら、それまでですが、私は共に戦っていた死者を罵倒する存在ではないと信じています。 人はあり方 まさにこの散らす桜の如き一瞬に見せられる儚きものだと思います。 だからこそ人は散る花をよりよく綺麗に咲く栄養になり得るのだと…… 例え悪党と呼ばれたゲスや外道さえ、その死に何らかの生き様人としてあり方を語っていると 私は感じ得ます。 結果を見るから過程を想像出来る 無限にある先を見せるより どう見せたかが、その人のあり方なのでしょう…… ちなみに著者は羅殺主義です。 太く短く 咲く花さえ汚泥に汚してしまう物になる腐った存在に…… そんな死に方に、なるでしょうし、なると思っています。 私が一番嫌いな私を幸せに導くはずがないので…… しかしそれもまた、先の話……たとえ一分後であったとしても、先の事をつらづら書けませんので…… 皆さんがどんなあり方を見いだせるのか、どう見せていただくかは、またその時に……
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加