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「それは重々承知。兄上の事、もう傍まで迫っておろうな。托鉢にしては長過ぎはしないか」
言い終わるか否か、何かが義経の頬を擦めた。
僅かながら、血が滲み出す。
それを拭いもせず、まだ見えぬ敵の姿を食い入るように見つめる。
皆は義経を討たせまいと、義経の周りに陣取り臨戦態勢を取った。
「影から狙うは犬畜生にも劣る!大将の首が欲しくば、我等に名乗りを挙げよ!」
弁慶の声に呼応するように、かさり、と茂みが揺れた。
姿を現した敵は、矢をつがえたまま弓を下ろしもせず、義経ににじり寄る。
漆黒の戦装束。
それとは対称的な、紅に染め上げた矢羽。
その名を脳裏に浮かべつつも、義経は尚も敵の存在を認められないでいる。
それもその筈、自身が知盛軍を蹴散らし小烏丸を止めて山を下りた後、伊勢三郎義盛より安芸太郎・次郎兄弟を道連れに入水したと聞いていた為だ。
如何に頭を捻ろうと、三郎が虚偽の報告をする理由はない。
では、眼前に敵として現れたこの男は一体──。
敵は義経の困惑などお構い無しで、あと4尺と少しのところまで距離を縮めて来る。
互いの顔がはっきりと見てとれる距離と知っていて、敵は口元を歪めて言った。
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