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《この血生臭さ…たまらぬな》
男は声のする方へ首を向け、ゆっくりと瞼を上げる。
声の主を見定めんと目を凝らしても、霞む視界には、白とも銀ともつかぬ光の塊と映るのみ。
その不思議な響きのある声に聞き覚えは無いが、痛みを和らげるような心地良さに身を委ね、男は知らぬ間に次の言葉を待ち望んでいた。
《人よ。ここは神域ぞ。
主の血で穢す事なかれ。
早々に去ぬるが良い》
言葉を発する度に、ふわりと風が吹く。
草の匂いとは違う、甘やかな花か果実の香り。
男は辺りを漂う香りを深く吸い込み、口を開いた。
「すまぬな、御仁…降りたくとも、この有り様。山を降りよと言われるなら、せめて肩を貸しては頂けぬか?」
ゆっくりと光の方へと手を伸ばし、触れようとする男の手は、寸前で何かに弾かれ落ちる。
《穢れは我等に触れられぬ。
故にそれは聞き入れられぬ。
我等はこの山を守る為の、ささやかなる神力を使えるのみ》
「神力…とな…。ならばその神力、私に分けては貰えぬか」
《ならぬ。
主達(ぬしたち)は私欲に神力を使いたがる。
我が主は「我が身の内に有る物は分け与えよ」と仰るが、己の身を削りてまで主達に与うるに価せぬと我は思うておる》
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