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――榎木津―――違う。
――彼の事など今は一辺たりとも考えていなかったのだ。榎木津などではない。
「――てっきり、あれの事だと思っていたんだが、、、」
違う、と言った私に、苦笑いを浮かべ中禅寺は尚も続ける。
「奴は躁病の気がある。鬱病の君には、眩しいんじゃないか」
中禅寺は私を真っ直ぐと見据えた。
「――違、う。京極堂、僕は君が――――」
――そうだ。何時もならこんな風に視線を合わせる事など殆ど無いのだ。
今日は、何時もと違う。目を逸らさない。私を、視ている。
気付くと、もう平常心など保てなかった。
まるで射竦められたかの様に、全く動く事が出来ない。
鼓動が、熱を持った様に高鳴った。
「――それは自惚れても好い、と云う事かい」
中禅寺の目尻が、ほんの少しだけ下がる。
「――う、ぬぼれ、」
中禅寺の言葉が良く解らないまま、馬鹿の様に同じ言葉を繰り返した。
「そうだよ。なんだ、自覚が無いのか関口君。――誘う様な事を言う癖に、全く酷い」
私から視線を外す事無く、淡々と云う中禅寺。
――私だけ、私だけが熱を帯びているのだろうか。
「な、何のじ、自覚だ――」
私は己の思考にひどく狼狽えた。
顔の神経に熱が集まる。顔は茹蛸よりもひどいかもしれない。
「まあ良いよ。愚鈍な君には特別に教えてあげようか。――こっちに来て、座りたまえよ。関口君」
云われるが儘に立ち上がり、ふらふらと中禅寺へと近づいた。
このまま、この男の下へ辿り着いたら。
私は燃えて無くなるのだろうか。
灯に惑う虫の様に。
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