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「…なに見てんだよ」
一菜を摘む箸が止み、怪訝な顔がこちらを向いた。
ああ嫌だね、視線一つに至極敏感で。これだから武人ってのは厄介厄介。
盗み見の一つや二つくらい良いじゃないかね、減るもんでもなしに。
「珍しくよく食べるなと思って。おかわりは?」
「ん、頼む」
当たり障りのない会話で誤魔化すつもりが、本当におかわりが必要だったらしい。
残りの何口分かを一気にかっこんだ晋助に空になった茶碗を手渡されたまでは良いのだけれど、飯をよそいに立ち上がった矢先に呼び止められて「ついでにお前も食え」とは何を思っての発言か。
確かに小腹は空いていたので幾分早めの朝食だけどと了承し、茶碗二つに白飯を盛る。
湯気立つ茶碗を並べて私も晋助の隣りに座った。
考えてみりゃこうして並んで箸を取るのも随分久しいことだ。
二つ三つの言葉を交わした他は相変わらず黙々と食べる事に専念していた彼が、ただ一度「うまい」と小さく漏らしたのは芋茎の味噌汁に箸をつけた後だったか蓮根のきんぴらに箸をつけた後だったか。
どちらにせよ手料理を褒められるのなんざ初めての事で、何だか背中がむず痒い。
飯を食い終え、一服。
裏庭の鬼灯が良い頃合だとか、他愛もない話をしなが二人並んで茶を啜った。
酒もないのに饒舌で、晋助は随分と機嫌が良さそうだった。
秘めし幸福
【END】
たのしみは春の桜に夏蛍
男女ならび食う飯、それと酒
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