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 彼等は、その後も、もしかしたら新しい住人がここを通るかも知れないと思い、数分間トラックと周りを座視していたが、住人どころか、トラックの運転者すら来ない。 「来ないな。今日じゃないかもな。しかし、良いよな、あの自転車。六段ギアだぜ」 「憲広のは五段ギアだからまだ良いじゃん。僕なんて、兄ちゃんのお下がりだよ? あーあ、早くあれ壊れないかな」 「まあいじけんなよ、義久。まあいいや、行こうぜ。喉渇いた」 「うん」  彼等は、入り口を入って直ぐ右にある、このマンションでひとつしかないエレベーターに乗り、三階の佐藤の家に向かう。ぎしっぎしっと、不快音のするエレベーターを出て、奥までずらっと並んだ八部屋の、一番手前。ここが佐藤の住まいである。  佐藤は、首に掛けていた鍵を何時もの仕草で取り出すと、鉄製で緑色の扉を「よいしょ」という掛け声と共に開け、「どうぞ」はにかみながら言った。 「おっじゃまっしまーす」  佐藤の家は、両親が共働きの為、日中は留守にしている事が多い。それは、彼も同じである。こういった微かな共通点が、この二人を引き寄せた要因の一端であろう。 「牛乳でいい?」 「勿論、いっぱいね!」 「あれ、一杯でいいの?」 「こらっ!」 「ふふ。ごめんごめん」  佐藤が玄関から入ってすぐ右手にある――因みに左手にはバス、トイレがある――ガラス戸を開け、冷蔵庫から牛乳を取り出しているのを横目で確認し、彼は通路を更に奥に入って、左右の扉、その内の右の扉のノブに手を掛けた。  佐藤の部屋である。兄が私立の高校を受け、都内に引っ越した為、この六畳のスペースは、概ね佐藤が支配している。
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