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教会での賀来の私室。
結城が連絡なしで訪れてみると、椅子に寄りかかったままで賀来は眠ってしまっていた。
「おい、起きろよ。」
軽く頬を1本の指で叩くと、賀来は眉をゆるくしかめる。
「神父さん、起きろって。おい、賀来。」
再び指で軽く叩いていく結城。
しかし、結城のその声も動作も普段と比べて、ゆっくりとしている。
急ぐ用事で来たのではない。
賀来の目がゆっくりと開く。
だが表情はぼんやりとして、その目の焦点は合っていない。
まだはっきりとは目覚めていないのだろう。
「起きたか?」
再び声をかけると、やっと賀来の目はゆっくりとだが結城を見る。
まだ寝ぼけた、とろりとした、大きな目が結城を見上げる。
(…なんだか懐かしいな。)
ふっ、と結城は笑った。
ずっとずっと昔から、そう子供の頃から…
この目を見てきたし
この目に見られてきた。
今と違うのは。
あの頃は。
「…裕太郎。」
そう呼べば、すぐにこいつは俺の目を見てくれたのだ。
今は…。
「…なに? 美智雄?」
ふいに呼ばれた名前。
懐かしい、ふわりとした賀来の笑顔。
今はもう呼ばれていない、でもかつては、それでしか呼ばれなかった結城の名前。
寝ぼけて子供の頃に戻っているのか。
ああ、その呼び名も笑った顔も本当に懐かしいな。
「起きたか、裕た…?」
だが、結城の言葉は途中で途切れる。
まだ賀来は覚醒しないらしい。
その瞼は結城を見ながらも、ゆっくりと閉じられていく。
同時に笑顔も。
「…まあ、そうだろうな。」
昔と違い、今の賀来は結城を笑顔でなど迎えない。
正確には、結城の悪行を知られてから。
笑った顔など見せやしない。
視線すら
困惑や悲しみや、寂しさや怒り
それらを秘めた目で結城を見るのだ。
今の結城を否定する。
だが、それでも。
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