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まさかと思った。いや、そのまさかだった。アイツは俺に今、刃を向けている。アイツの細い身体には不似合いの血に塗れた刃が真っ直ぐに俺を向いているのだ。
此処は戦場だ。アイツの敵である俺に、刃を向けることは別段、おかくなんかない。むしろ正しい。事実、俺も拳銃を右手に握っている。命の危険があらば、引きがねに人差し指をかけることはいつだって出来るんだ。出来る筈なんだ。
向こうだって隙があればいつでもその刀を振るつもりなのだろう。アイツの鋭い漆黒の眼差しがそれを物語っている。
「…き、く?」
口の中も喉もカラカラだった。掠れた声でアイツの名前を呼ぶ。
いつものように笑って、俺の名前を呼んでくれ。「いつも一緒ですね」なんて、頬を紅く染めて、あの時のように笑って手を繋ぎ合わせてくれ。
それとも、もう、叶わない事なのだろうか。願ってはいけないことなのだろうか。
菊の口がゆっくりと開いた。
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