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そのとき、ふと目に付いたのが、言伝えのサクラの樹だった。
年に一度の春のお祭りで、お社の後ろのサクラの下で好きな人に告白する。
そして、願いが叶ったら、必要なくなった縁結びのお守りをサクラの枝にかけるというやつだ。
この村にいるやつでそれを知らない奴はいないほど、有名な話だった。
たしかに、サクラの木の枝には古いのから、比較的新しく見えるのまで縁結びのお守りが罹っていた。
「ごめん、俺ちょっと小便」
「ん。じゃぁ待ってるよ」
僕は、和也を見送り、柵に腰掛け、ぼんやりそのサクラに見惚れていた。
「サクラの樹の下には屍体が埋って居る」と言ったのは、明治の文豪「梶井基次郎」だったか。
と、そんなことを考えていると、ふうわりと、サクラの向こう側から少女が現れた。
「…!」
僕は息が詰まった。
これほど美しい子がこの村にいただろうか。
いや、この村どころか、世界中探したって、こんな子がいるわけない。
その子はあまりの美しさで、ある意味特異的な空気を醸し出しながら近づいてきた。
「あなたは…言伝えを信じますか…?」
唐突に発せられた声は、姿から想像したそれ以上に透き通り美しかった。
まさか話しかけられるとは思いもしなかったし、あまりに突発的だった、さらには見惚れていた、というのもあって僕の思考は完全にワンテンポ遅れてしまった。
「言い伝え…」
「貴方もこの場所が好きなの?」
「あ、あぁ」
「そう」
そう言ってニコり。たなびく長い艶やかな黒髪がしなやかに流れる。まるで美術画のようだ。
「私は磐長(いわなが)桜。あなたは?」
「僕は仲西優斗」
「ねぇ、お願いがあるの」
「な、なに?」
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