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まっすぐこっちを見て断言する苑に、春喜は頭をかいて困り顔をする。
「・・・あの、それ、いつの話だっけ?」
「多分、十年くらい前のことだと思います」
「・・・十年、ねぇ」
春喜は何か思案するように天井を見上げた。
「十年前、狐だった私は、空腹で今にも死にそうになってました」
春喜をどうにか繋ぎとめようと、苑は続けて話す。
「その時、あなたが私にお菓子をくれたんです。多分、遠足かなんかで買った程度の少ないものでしたけど」
春喜はふと苑を見た。
「それでも、私は嬉しかった。そのくらいでも、生きる希望になった。生きられたんです」
まっすぐ過ぎる瞳。正面から春喜のことを見、信じて疑わない心が疑える。
だから、春喜は言いづらかった。それでも、言わなければならない。
「・・・えっと、俺は確証ないんだよね。そのことさ」
「・・・」
「あったかも知れないし、なかったかも知れない。覚えてないのか、まず俺がそんなことしたのかもわからない」
苑は怒ったり泣いたりするかと思ったが、案外普通に黙って座っていた。
じっとこちらを見つめて。
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