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彼もまた、今名前の出た人間の力はある程度把握していた。
本気になれば白鬼さえ凌駕するであろうこの真っ黒な男をして、「勝利など不可能だ」と言わしめる化け物。
二人でかかったところで、勝てる確率は五割に満たないとシリウスは言う。
正直なところ半信半疑な彼だったが、この男はまず嘘を吐かないのだから信じる以外にない。
「……キーン」
名を呼ばれ、キーンはふとシリウスの方を向いた。
「お前一人なら、王国の国境結界はすり抜けられるな」
「ん? ああ、まあそんぐらいなら問題無えが……」
「そうか。ならばいい」
それだけ言うと、シリウスはキーンなど気にも留めずに歩きだす。
「おい! お前俺に何させるつもりだ!? おいコラぁ!」
慌ててその跡を追うもそれきりシリウスは口を開かない。
キーンは猛烈な不安に駆られた。
こいつは不可能にも思える無茶を平然と他人に要求する。
それは確かに評価の裏返しなのだろうが、こいつの『頼み事』のせいで何度肝を冷やしたかわからない。
諦めてうなだれ、キーンは黙ってシリウスに続いた。
まあ、いいか。
敢えてキーンは前向きに考える。
奴の中では、もう案は固まっているのだろう。
歓声に包まれる会場を見遣り、一人思う。
――ドンマイ、だな。
「何をしてる」
「ああ、今行くさ」
キーンがシリウスに追い付き、二人が歩きだす。
場違いな二人組は、歓声にまぎれるようにしてその場を後にした。
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