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女の街―――島原。
その一角にある遊郭“楼奄”に二人の男がいた。
名を吉田稔麿と桂小五郎と言う。
吉田は遊女からではなく自分でお猪口に酒を注ぎながら、向かいでサイコロを転がす桂を見た。
「よー山猿。また今回も上手く逃げてきたな。大変だったじゃねーか、壬生狼に隠れ家包囲されてたんだって?」
吉田は意地悪い笑みを浮かべる。
桂はサイコロを転がし続けながら重く嘆息をした。
「耳が早いな。と、言うか山猿とは何事だい?」
「まんまじゃねーか。樹木から樹木を渡って逃げたって聞いたからな。今度から山猿って呼ぶ」
「胸糞が悪くなるからおやめ」
「ところで猿公」
桂の表情が険をおびたものになるのを無視して吉田は続ける。
「テメーの事と言い、最近の壬生狼は目障りで仕方ねぇと思う」
その言葉に桂は腕を組み、うんうんと頷いた。
「確かに最近妙に目聡いねー。仕事が早いと言うか」
「でだ、此処で一つやってみたい事がある訳だ」
手に為ていた扇をビラッと開いて口元を隠す。
探る様な試す様な眼差しを受け止めて桂は嘆息した。
「お前さんにはホント呆れるよ。また部下を使って何か試す気だね?」
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