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「あら、せっかく話しかけてるんだから、もうちょっと愛想よくしてくれてもいいんじゃない?」
そう言って嘉川は俺の顔を覗き込むように近づけてきた。
「―――」
突然の出来事に、顔の温度が上昇していくのを感じる。
きっと今俺は呆気に取られた表情をしていただろう。
そんな俺の反応を見て満足したのか、彼女は微笑み顔を離した。
……一体こいつはなんなんだ。
「……おい」
その場を去ろうとする嘉川に、あくまで平静を装い、話しかける。
「何で俺に関わる」
俺に関われば周りからどんな反応をされるか、彼女も知らないわけではないだろう。
クラスからはのけ者にされ、その親達には変な噂を立てられ、果てには俺を嬲る上級生たちにまで目をつけられる。俺なんかに話しかけても何の得もないはずだ。
「んー、何となく?」
しかし嘉川からは予想していなかった回答が返ってきた。
何の考えもない。彼女はそう言った。
「……」
呆れ返って言葉もでない。そんな俺を余所に―――
「何となく、無視できなくってさ」
優しく、そして寂しげな表情で嘉川はそう呟いた。
その表情を見た瞬間、何となくこの関わりに意味があるのだろうと、不意に感じてしまった。
鼠色一色に染まった空を見上げる。太陽が一番高い時間にも関わらず、空にその姿はない。
昼食を取った後、授業に出る気になれなかった俺はつい最近まで使われていたこの学校の旧校舎の屋上で暇を持て余していた。
―――なんとなく、無視できなくってさ―――
今日の朝。嘉川のあの言葉と表情が、俺の胸にずっと引っ掛かっていた。
彼女は一体何を心に秘め、俺にその言葉を送ったのか。そして―――
「……」
今まで感じたことのない感情が自分の中に生まれていることにも気づいた。一体これは何なのだろうか。苦しくも温かい……この心臓をついばむような感覚は……。
(こんな気分になるのは初めてだ……。もしかして、これが―――)
そう思った時、出口の階段の下から話し声が聞こえてきた。
「!?」
普段なら他人のことなど気にすることはない。だが、この時だけは違った。
その声に、聞き覚えがあった。あまりに新鮮すぎるその記憶の中に。
声の主は既にすぐ近くまで来ている。あと1分も掛からずに俺はそいつらと対峙することになるだろう。
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