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隠れる時間はなかった。だから―――
「ん? なんだ、先客がいたのか」
せめて少しでも抵抗できるよう、心に憎悪を溜め込んで、俺は目の前に現れた『敵』を睨み付けた。
やはり見たことのある男だった。茶色に染めた髪に、だらしなくネクタイとズボンを下げた典型的なワルぶっている格好。その後ろには二人、似通ったスタイルの男。
昨日俺から金を巻き上げた上級生だ。
俺を見つけたのが嬉しいのか、男は意地の悪い笑みを浮かべながら俺へと歩み寄る。
「ちょうどいい所にいたな。お前、ちょっと俺達に付き合えよ」
そう言って俺の肩へと腕を回してくる。典型的な脅しだ。
「ウチら、ちょっとイラっとくることがあってよ、今からそのストレスを解消しようと思ってんだ」
要するに、自分はそのストレス解消のサンドバッグにされろということだろう。
虫唾が走る。どんなに心が温かい気持ちになっても、結局何かがそれを壊していく。まるで俺に幸は必要ないと言わんばかりに。
「ふざけるな……」
「あ?」
何故俺ばかりがこんな目に遭わなくちゃならない。
「お前らなんかに……」
好き勝手にされてたまるか。
そう心の中で叫んだ時には、既に自分の腹に相手の拳が入っていた。
「お前の意見なんか聞いてねーっての」
「ぐっ!?」
何の予測もしていなかった体に、有無を言わさず連続で拳が入る。
「オラ、おめーらも入れよ。スッキリするぜ」
その場に倒れこんだ俺を踏み潰しながら、そいつは他の連中を手招きする。
(結局、またこれかよ……)
どんなに幸を感じても、世界はそれを塗り潰していく。
お前など幸せになれないと、そう思い知らせるかのように……。
気が付くと、鼠色一色だった空には茜色が混ざり始めていた。
「……」
自分一人だけが残された廃校の屋上で、仰向けのまま空を虚ろに眺める。
見ようには茜色の空を雲が侵食しているようにも見える。
まるで今の俺を表しているかのようだ。どんなに光が見えても、結局全ては雲に覆われ、そしてやがては夜の闇へと飲まれていく。
体を起こし立ち上がる。そんな簡単な動作だけで節々が強烈な痛みを帯びた。
その時、胸元辺りから何かが地に落ちた。
「……っ」
漆黒のクリスタル。
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