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あの男は力が欲しいかと言った。そしてその答えとしてこれを俺へと渡してきた。
その答えがこれだ。何の力もない単なるアクセサリでしかない。
「結局、なんの力にもならないじゃないか……」
悔しさが募る。別段男の言葉を信じていたわけでもない。にも関わらず、胸の内には裏切られたという気持ちが湧いている。
「こんなものっ!」
何一つ役に立たなかった黒水晶を怒りに任せてどこかへ投げようとした、その時だった。
「っ!?」
クリスタルを握っていた手の隙間から、黒い光が辺り一面に零れ出た。そして、それに続くように掌が異常なほどの高熱を感じ取った。
驚きのあまりクリスタルを放った。すると発光はすぐなくなり、その場は何事もなかったかのように静まり返った。
(なんだ、今の……)
あんなに高熱のものを握っていたというのに、掌には何の痕もついていない。
先ほど自分が放ったクリスタルに視線を移す。そこで異変を見つけた。
(色が、変わってる……)
今まで闇色だったクリスタルが、まるで中身が抜け落ちたかのように透明になっていた。
恐る恐るクリスタルに近づき、拾い上げる。
その中は以前のようにうごめいている様子もなく、今は静寂を内包している。
「なんだったんだ……」
体には見た限り異常は見当たらない。クリスタルの色が変わっただけ。
原因や結果がどうあれ、変化は些細だ。なら別段気にすることでもないだろう。
そう思い、今起きたことはあまり気にしないことにして俺は屋上を後にした。
茜色の空は、いつしか遠くから闇に呑まれ始めていた。
まるで、今の俺を表しているかのように。
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