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―まだ夜も明けきれない早朝、目を覚ますと敦兄の姿はどこにもなかった。
柔らかく肌を撫でる感触はまだ鮮明に残っているのに、それがまるで嘘だったみたいに愛しい人は朝霧に消えた。
俺は何をするでもなく、何を思うでもなく、一人になった部屋をただ眺めていた。
そうして辺りが明るくなり始めた頃、そろって帰ってきた両親に敦兄がいなくなってしまった事を伝えると、二人は敦兄が行きそうな所へ思いつく限り電話をかけていた。
友達の家、バイト先、近所のコンビニ…。
それでも敦兄は見つからなかった。
卒業式当日に突然消えた兄。
当然両親は動揺していた。
けれどそんな二人を見ながら、俺はひどく冷静だった。
まるで脆い硝子を扱う様に俺を抱いてくれた愛しい人の腕の中瞳を閉じ、夢と現実を行き来する意識でぼんやりと思ったんだ。
きっともう敦兄には会えなくなると。
今日が最後の夜なんだと。
卒業するはずだったこの日、敦兄が家に戻る事はなかった。
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