滞納

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玄関の鍵を閉めたら、お隣さんがコンビニから帰って来た。 口笛なんか吹いて。 「こんばんはぁ。」 向こうから挨拶された。 無視する訳にはいかない。 「こんばんは。」 私はサングラスをかけたまま、頭を下げた。 「今からお勤め…。」 サングラスの私を頭の先からつま先まで眺める。 「普通にコールセンター勤務です。」 説明する必要もないのに、要らぬ自己紹介。 夜の蝶と思われるのは嫌だった。 その仕事なら、とっくに挫折した。 THE和顔な私。手首に蝶は停まってるけど、、私に華はない。 「頑張って下さい。」 お隣さんは、アポロチョコをくれた。 「ありがとう…。」 と、言いつつも、 (生活保護を受けてる人から、物を貰うなんていいのかな…。) 引っ越しのあいさつの時に渡す洗剤とか、蕎麦の代りって事で戴くか、と。 私は人生で一番大事にアポロチョコを受け取った。 「あ、蘭子さん。」 立ち去ろうとした背中に声をかけられた。 名前で呼ばれてビックリする。 おそるおそる振り返る私。 「僕、蓮(ハス)の花って字で蓮(レン)って名前でしょ。」 あんたの名前の漢字なんて、今知ったよ。 そんな私の心の声は聞こえるはずもなく、彼は続けた。 「で、蘭子さんは、蘭で、お隣だし、花の名前繋がりだなぁって。」 「あ、…はぁ。」 「短い間になるかと思いますが宜しくお願いします。」 「こちらこそ。」 本当に何の事情か分からないけど、自分で働いて暮らして行ける様になったらいいね。 ただの隣人さんだけど、私も人として、蓮さんの健闘を祈ります。 (他)人の幸福を祈る事は自分に幸福を引き寄せるのと同じなんだって、下心、神様は見抜いたとしても。
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