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「パパァァぁぁ――――」
あたしはパパを、ぎゅっと抱きしめ返す。
「――ぁぁあァアぁぁオラァぁ……! パパぁ! 根性じゃ! 立たんかいぃぃ……!」
あたしはいつもの五倍眉を太く凛々しくして、せいっとパパをおぶって駆けた。
きっと全力疾走中の馬も何頭か追い抜かしたんじゃないかって、勢いで駆けた。
「ママ! パパがっ……! パパがぁ……!」
テーブルで頬杖をついてヨダレを垂らしながら金貨を積み上げていたママが、金貨の塔をがしゃんと潰して怯えた目を見開いた。
「ママ! バランス良く積み上げて遊んでる場合じゃないの! パパがっ――」
お、おぉおと高いのか低いのか分からない声を上げて、ママはこくこくと頷く。
それからきゃぁぁと絶叫を上げて、駆けてきた。
「しっかりして! あなた!! シンデレラがお嫁に行くまでは、頑張るって言ってたじゃない!」
相変わらず香水臭くて紫ガンガンの袖を伸ばし、パパの頬をぺしぺしと叩くママ。
「……ママ。そんなにパパは長い間頑張らないと、出せないの?」
ママが、固まった。
パパが苦しそうに、う……? と唸る。
「さぁパパ! トイレまでもう少しよ!」
シンデレラ! とママは気の狂ったような金切り声を上げる。
「パパを早くベッドに!」
「え? ベッド? パパはこれからトイレに――」
「……いや……」
パパが後ろから、息が漏れるような声で呟いた。
ベッド? そんな悠長な! こんなに苦しそうなのに! 漏れたらどうするの!?
えぇ、と声を上げながら、ママに急かされるようにあたしはパパをベッドに運んだ。……誰か手伝ってくれても良いんじゃない?
「パパ! しっかりして!」
仰向けにベッドに寝転んだパパは、翠の瞳であたしをじっと見上げる。
パパのさらさらの亜麻色髪が、さわさわと風に揺れる。
パパはあたしの――ママ譲りのブロンドを、何でか目を細めてじっと見つめる。
それから細い指をそっと絡めて撫でた。
「シンデレラ――」
「……なぁに」
翠の瞳は翠のままなのに、さっきまでとは全然違う。
一瞬でこんなに変わるものだろうか。
吹き抜けた柔らかな風がパパの魂まで連れて行ってしまったみたい。
パパ……?
重たい手を握って、呟いた。
声は出なかった。
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