第一章

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訓太は教室の床を上履きの底で、キュッ、キュッと擦りながら、説明を続けた。 興奮した時の訓太の癖だ。 「それから、事件や事故の記憶を良太郎が覚えていないと言うのは間違いだ。 記憶を忘れると言う表現は、厳密には正しくない。 思い出せないだけで、脳味噌の中の記憶は消せないんだ。 記憶を司る脳細胞をニューロンと言うんだけど、ニューロンとニューロンの間にはシナプスと言う神経で結ばれているんだ。 そのシナプスはね、記憶を反復して使わないと、細くなって切れてしまう。 逆に使えば使う程、太く切れにくいシナプスが出来る。 良太郎が事件なんかの記憶を普断思い出せないのは、記憶を反復していないからさ。 良太郎の記憶は、脳科学ですら解らない別回路を通って、無意識下で呼び起こされているんじゃないか? 断定出来ないけどね。今だに脳味噌の大部分は謎なんだよ。 動いているのは極一部で、その他の部分は何をするのか解らない」 しばらく何も言わないでいた。謎は少しずつ解けて行くのをかみ締めていた。
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