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今日はヒサをみつけられなかったなあ、なんて思いながら一礼をすると、あたしは重だるいふくらはぎを抱えて昇降口に向かった。
喉がからからで、すぐにでも水が飲みたかった。
昇降口の前にある水道の蛇口を捻ると、冷たい水が唇にかかる。小さな虹が足下にちらつくのを視界の端に捉えながら、あたしは喉を鳴らして水を飲み込んだ。
渇いた体に、水分が染み渡ってゆく。
走るのは退屈だけど、この瞬間ばかりは運動も悪くないなと思う。
どうせ、卒業してしまえばこんな風に走ることももうないのだろう。
秋風に煽られて思わずつぶった瞳の奥がつんとした。
ああ、卒業なんてしたくない。
大人になんて、なりたくない。
あたしはずっと、ヒサを見ていたいだけなのに。
本当に、人生ってやつは無情だと思う。
時は十月。
卒業式まで、あと五ヶ月だ。約百五十日、ううん、休みを入れたらきっと百日にも満たないだろう。
あたしは受験よりも大切な、人生の岐路ってやつに立たされていた。
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