一、錦秋の候

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 今日はヒサをみつけられなかったなあ、なんて思いながら一礼をすると、あたしは重だるいふくらはぎを抱えて昇降口に向かった。  喉がからからで、すぐにでも水が飲みたかった。  昇降口の前にある水道の蛇口を捻ると、冷たい水が唇にかかる。小さな虹が足下にちらつくのを視界の端に捉えながら、あたしは喉を鳴らして水を飲み込んだ。  渇いた体に、水分が染み渡ってゆく。  走るのは退屈だけど、この瞬間ばかりは運動も悪くないなと思う。  どうせ、卒業してしまえばこんな風に走ることももうないのだろう。  秋風に煽られて思わずつぶった瞳の奥がつんとした。  ああ、卒業なんてしたくない。  大人になんて、なりたくない。  あたしはずっと、ヒサを見ていたいだけなのに。  本当に、人生ってやつは無情だと思う。  時は十月。  卒業式まで、あと五ヶ月だ。約百五十日、ううん、休みを入れたらきっと百日にも満たないだろう。  あたしは受験よりも大切な、人生の岐路ってやつに立たされていた。
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