一、錦秋の候

5/10
505人が本棚に入れています
本棚に追加
/202ページ
 そして何よりあたしが桜を好きなのは、彼女から都会の匂いがするからだ。  桜は中学まで東京に住んでいた。  桜と、彼女の家族がこの町にやって来たのは、認知症が悪化したおばあちゃんを介護するためだという。  あれは一昨年の夏頃だっただろうか。お互いの家族の話をしていた時のことだ。  桜はぽつりと呟いた。  おばあちゃんってば、もう私のことも忘れちゃったりするの、と。  寂しげに微笑んだ彼女の横顔を、あたしは今でも忘れられない。  儚げなその表情は今まであたしが知っている女の子の中でいちばん綺麗で、胸がきゅんとした。  言葉を掛けるのも忘れて、あたしは桜にみとれていた。  桜はうちの高校によくいるような、見かけだけ一生懸命飾ってはいるけれど、実のところちょっとずつハズしている女の子たちとは一線を画している。  例えば、彼女のよく手入れされた黒髪は青山の美容室で切ってもらっているそうだ。  癖があるから他のところじゃダメなの、なんて桜は言っていたけれど。
/202ページ

最初のコメントを投稿しよう!