一、錦秋の候

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「桜のばか。西村センセ、睨んでるよ」 「あんな筋肉の塊、気にしなくていいわよ。ちゃんと走ってれば、文句言わないもの」  みんなに恐れられている体育教師をそんな風に斬り捨てられるのは、桜くらいだった。  しかも彼女はそれを得意げに主張するわけでもなく、あたしにだけこっそりと伝えてくれる。  やっぱり、桜はすてき。  あたしはそう思うと、上の方で一つにまとめられた彼女の後れ毛が、うなじのあたりで揺れるのをうっとりと眺めた。  きめの細かい桜の肌が少しだけ桃色に染まって、とても綺麗で。  やっぱり王道は美白だなあ、なんて思いながら走り続ける。  職員室の前を通過する時が、いちばん緊張した。  なぜなら、あたしたちが体育の時、ヒサはちょうど授業の空き時間だから。  時折、職員室の窓や渡り廊下から見える茶色の髪。  あたしはいつの間にかどんなに遠くても、ヒサの姿を見分けることが出来るようになっていた。  ねえ、これが「恋のチカラ」ってやつなのかな? 「はい、せいれーつ」  西村が笛を吹いた。  それは、もうすぐ授業が終わる合図だ。
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