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暗い…。まあ、この箱の中では五感さえ操られる。今は聴覚しか残っていない。…仕方のないことだが、まるで魂になった気分だ。
『ようこそ。英雄なき世界へ。まずはあなたの名前を教えて下さい』
若い女性のアナウンスが聞こえる。聞き慣れた声とは、また少し違う。
最近はアナウンスも電子化されたが、これは生の声を吹き込んでいるらしい。
これと言った違いは実感しないのだが。
『まずはファースト・ネームから、お願いします』
感情をほとんど感じないアナウンスが、俺にこの世界での名乗りを求める。
この時のために、2、3日くらいは考えた名前だ。
「…ルーゼン」
『ルーゼンさん、ですね。では次に、ファミリー・ネームをどうぞ』
…考えてなかったな…。何がいいだろうか。
「…アンバス」
『アンバスさん。では、この世界でのあなたの名前はルーゼン・アンバスさんになります。よろしいですか?』
「ああ」
『…登録完了しました。その他のデータはあなたの肉体のデータをそのまま登録しますか?』
俺は特に名前以外にこだわる気はないしな…。
「それでいい」
『入力完了しました。これで必要最低限の入力を完了しました。このまま世界に降り立ちますか?』
「ああ」
『それでは…御武運をお祈りします』
…アナウンスに祈られてもなぁ…。
…聴覚、視覚、口の中の血にも似た味、瞼の向こうの光…。
偽りの五感が俺の体に染みわたっていく。
俺のここでの名前は…。
ルーゼン・アンバス。
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