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「~♪」
鼻歌混じりにフライパンの中で良い感じに焼けた鮎を取り出す。
今日の晩飯は実に豪華な献立となった。
……というのも。
「なんか楽しそうだね?」
「おうよ!沙織が色々と持って来てくれたしな」
そういう理由だった。
魚を持ち帰ったはいいが、帰り着いた瞬間に調理器具がないことに気付き、気分がどん底に落ちていた俺だったが…。
そこに、クーラーボックスにフライパンや包丁、鍋に始まりご飯に缶詰めまで持って来てくれた沙織が現れたのだ。
それも、全て日持ちするようなものばかり。
あの時、俺には本気で沙織が天使に見えたくらいである。
「でも、こんな場所に住めるの?」
「人間どこだって住もうと思えば住めるんだぞ…っと」
本日のメインディッシュである鮎をダンボールで出来た机に乗せ、ご飯も並べる。
更にインスタントの味噌汁を添えれば、立派な夕餉である。
と、その時。
「なんか変わったよね」
「ん?…何が?」
「さっちんだよ。昔は泣き虫で私の後ろを付いて回ってたのに」
「あ~……そういやそうだったか?」
「そうだよ……それが今では逞しくなっちゃってさ」
そう言った沙織の表情は、少し寂しげだった。
「背も、昔は私のが高かったんだけどなぁ~…」
「そりゃ昔の話だろーが。だいたい、それを言ったら沙織だって変わったぞ?」
どこが?と視線で問いかけてくる沙織に、少しだけ思考を過去へ向ける。
昔の沙織の顔や仕草はもう思い出せなかったけど、それでも…。
「綺麗になった」
「え…」
「気がしないでもない」
俺のそんなバカみたいな発言に沙織はずっこける。
「何それ~!?ちょっとドキッとした私が馬鹿みたいじゃない!」
「はっはっは!だってあの頃の事は殆ど覚えてねぇもん」
「………じゃあ、あの約束は?」
「ぇ?」
それは、俺にとっては本当に予想外の反応だった。
先ほどまでの楽しそうな表情は一転して…。
スカートをキツく握りしめる沙織は桜色の唇を真一文字に結び、俯きながら震えていた。
まるで、今にも泣き出しそうな…。
いや、それよりも彼女をここまで真剣にさせる約束ってのはいったい?
先ほどよりも更に深く。
記憶を最速で辿ってみるしかないらしい。
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