第3話~既知感~

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美咲、というのが目の前に立つ女性の名だったのだろう…彼女は自身の名を呼んだ沙織の姿を目に認めると微笑んだ。 「ッ…!」 その表情に、思わず総身立つ。 まるで一枚の絵画から現れたかのような美しさと、年齢に不似合いな可愛らしさ。 下手なアイドルや女優ではこうはいくまい。 ――知らない。 俺はこんな人は“知らない”。 視点が定まらぬ。呼吸は乱れ、汗は一気に引き……視線は彼女から外せない。 それは一目惚れなどの感覚とは違う。もっと間逆の。まるで、そう…。 「大丈夫ですか?」 「ぁ…?」 彼女、美咲さんの一言で我に帰った。瞬間、思い出したように吹き出した汗を肩で拭う。 「…ええ、大丈夫です」 落ち着け。 落ち着け。 落ち着け。 今の感覚は忘れろ。 今“見た物”は忘れろ。 ……思い出すな…! 思い出せば、間違いなく俺の基盤は跡形もなく崩壊するという確信がある。 『何モ知ラナイフリヲシテ…』 そうさ。 そもそも、俺は…。 「さっちん顔色悪いよ?」 「……、大丈夫だって!」 わざと明るく言って、額の汗を拭う。 脂汗…。なぜ俺はこうまで取り乱したのか。免疫は少ないにしろ女性が苦手という訳ではないし、何より美咲さんは美人だ。 や、そこは関係ないか。 浮き足立つ心臓を鎮めようと大きく深呼吸をして、貰ったお茶を煽る。 ……まったく、何だったんだか。 「それじゃ、今日はここまでにしましょう。みんなありがとね」 願ってもない。 汗もかいたし、これから川まで行くのもいいかもしれないな…。かもしれないんだが。 「……何だ?」 歩き始めようとした俺の裾は、右に沙織、左は七海が掴んでいた。 「どこ行くの?」 「や、川に行こうかな…と。つか服を放せ」 「私達も…汗かいた」 「お前らは家に風呂があるだろ?」 「「ない」」 「――――」 う、嘘吐くなぁぁぁッ!!あれか?自分達も連れて行けとかそういう振りか!? 「川遊びですか?楽しそう♪」 美咲さんまでニコニコしながらそんな事を言い出す始末。ってかまだ居たんですか? 俺を見つめる都合6個の瞳は『連れてけ』と語りかけてきて正直ウザい。 「はぁ……」 どうすっかなぁ…。 見上げた空はやはり蒼かった。
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