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「?…ん~?」
「なんだ?」
彼女は俺の目の前に立つと、目を細めて俺の顔をまじまじと眺め始めた。
……なんというか、座りが悪い。
見知らぬ人から間近で見られるのは、こんなにも居心地が悪かったのか…。
なんて、俺が気まずさで顔を逸らした瞬間。
「……さ、さ……さ…?」
「はぁ?」
新手の呼吸法だろうか?
彼女は顎に人差し指を当てて、何やら考え込んだ後…唐突に。
「……さっちん?」
「ぇ?」
久しく聞いてなかった呼ばれ名を、口にしたのだ。
だが、それは妙な話だ。
さっちんという俺のあだ名は、俺がまだガキの頃につけられた物だったはず…。
……いや、でも…。
そもそも、初めに俺をそう呼んだのは…果たして誰だったか。
「あんた……誰だ?」
「あや?…ふ~む、さっちんはもう忘れちゃったかぁ」
「つーか、会ったことあるっけ?」
「うん。と言っても、私達が小学校に上がる前だからねぇ…」
忘れるのも無理ないか……そう言って彼女は少し寂しげに笑った。
だけどそれも一瞬。
すぐに笑顔に戻ると、彼女は俺の手を取り…。
「だったら村を案内してあげる♪行こっ」
「お、おい…!」
「いいからいいから♪お姉ちゃんに任せなさい!」
そう言うと、彼女は俺の鞄を軽々と持ち上げて走り出した。
――大丈夫大丈夫!お姉ちゃんに任せなさいっ!
あぁ、俺も何か覚えてるらしい。
幼い頃、そう言って泣き虫だった俺をどんどん引っ張ってくれてた女の子がいたような気がした。
ただ、名前も顔も思い出せないけれど…。
彼女に引っ張られながら、空を見上げた。
空は雲一つない快晴。
心地よい風が頬を撫でていく。
あぁ、田舎って都会よりも涼しいんだな…と、今更になって気がついた。
「なぁ!」
「なにかな!?」
「お前の名前、何だっけ!?」
「ふふっ♪私はね…」
駆け出した俺は、照りつける強い日差しも、既に気にならなくなっていて…。
きっと、この村での生活は楽しいことになるだろう、という確信にも似た予感があった。
彼女も、何が楽しいのか笑いながら答える。
――沙織!御堂 沙織だよっ!
これからよろしくね、さっちん♪
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