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As Time Goes By。待ち合わせの喫茶店のドアを開くと、店員の声より先にこの曲が迎えてくれた。ア・カペラのコーラスだ。CASABLANCAの劇中で、この曲をピアノで弾いたのは、ハンフリー・ボガードだったのかイングリット・バーグマンだったのか思い出せないが、この演奏は聴いたことがあるものだ。 兄は先に来ていた。 「懐かしいねぇ。智子は憶えている?」 「当然聴いたことあるわよ。お兄ちゃんCD持っていたよね?」 「そう、 The Real Groupだよ。20年位前にこの曲が入っているDebutっていうアルバムを買ったんだよ。どの店で買ったかは思い出せないなぁ。でもVirgin Megastoreが新宿にあった頃だったよなぁ。お父さんもお母さんも気に入ってたなぁ、このアルバム。」  20年。あらためて時の流れを実感した。  私は小学生だ。私に思い出せるのは、このアルバムを兄が購入して以来、毎年クリスマスイヴにケーキを食べながら聴いたことだけだ。  兄は私の知らない歴史を知っている。そして、その兄の知らない歴史を父や母は知っているということなのだろう。  As Time Goes Byが終わり、別の曲が流れ始めた。 「お母さんの話って何?」  私は今日の本題について尋ねた。 「お父さんとお母さんは恋愛結婚だって話しだったよね。」 「そう私も聞いてる。」 「智子は好きな人がいるだろ。だから、うるさいこと言わなかっただろうけど、俺は一年前位からしつこくきかれたんだよ。」 「お兄ちゃん本当に恋人いなかったみたいだもんね。」 「そう、いなかった、実際。でも、お見合いしろと言ってくるとは思わなかった。」  式の日取りまで決まってしまった人が、いまさら、こんなこと言い出すとは。マリッジブルーなのか? 「お兄ちゃん結婚したくなくなったとか?」 「いや、そうじゃない。そうじゃなくて、大恋愛だったって安代おばさんも言っていたじゃないか。そんな人が、自分の子供に何故お見合い結婚を強引に勧めたんだろう?」  兄は上場企業に勤めているし、妹目にも容貌が並外れて劣っている訳ではないが、兄の年齢を考えたら母の勧めは常識外な訳でもない。 「あり得ないことではなかったでしょう。」  私はそう言って母のことを思い浮かべた。  式を挙げ婚姻届を出す順番は年齢順、兄妹の順になる予定だが、私は既に同棲している。
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