ユミの物語

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シャワーの音が心地良く耳に響いた。しばらく、私はぼーっと部屋の間取りなんかを眺めていた。 彼の持ってきたサボテンは、ちょこん、と窓際に置いてある。外はもうすっかり真っ暗だった。 一日があと三十分で終えようとしてるんだ、当たり前か。 「こんな場合ではない」ふと我に帰って、彼には悪いと思いつつ、荷物を持って帰ろうとした。 まさか、こんな状態になってしまうとは。その事を少し悔やんだ。 彼の鼻唄と、シャワーの音が耳に嫌に残った。 突然、彼の声が浴槽から聞こえた。 「ねぇ、ミユ。ミユは他の人ともこういう所来るの?」 しばらく何も言えずにいた。 私は、苦し紛れに「行かないよ」とだけ言った。 何言ってるんだ、私。 正直に言えばいいではないか。 彼氏がいますって言えば、優しい彼ならきっと分かってくれる。 傷付けたくない? どうして? 私が傷付ついてるから? 不安。 絶望。 期待。 裏切り。 約束。 恐れ 頭がくらくらと痛んだ。 いつの間にか私はベッドの上だった。 彼もその横にいる。すごい近い。 寝息が聞こえた。きっと彼は疲れて眠ってしまったのだろう。 私は、彼が寝ているのを確認する、と荷物を持ち部屋を出ようとした。 ミユ ふと名前を呼ばれ立ち止まる。寝言かと思ったけれど、それは違った。 「やっぱり、他に好きな人がいたんだね。実は最初から、そうだろうなーって思ってたんだ。その気で今日一日付き合ってたから」 私は何も言えなかった。 「ホテルに行ったら白状するかなーって思ったのに、なかなかしぶといんだもん、こっちが焦っちゃったよ」 気を付けて帰りなよ。 そう言って彼は寝返りを打って背中を見せた。 あ、そうそう。 彼は続けた。 「サボテンってさ、水をやらなくてもしばらく生きてられるんだ。肥料を与えなくてもちゃんと花をつける。誰にも相手にされなくても、立派に育つんだよ。あの、するどい針はせめてもの抵抗なんだ。俺は、一人でも生きてけるっていう。 その分、人間って不便だよな」 彼の言った言葉の意味を探しながら、そのホテルを後にした。 しばらく一人歩いていると着信のバイブが鳴った。 カイからだった。 出ようか、出まいか迷った末、私は受話器を耳にあてた。
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