Chapter1

89/100
前へ
/232ページ
次へ
そうは言っても、解らないものは解らないのだから、考えても仕方ないと思う。 能力を使い続けて一ヶ月。 実際、身体が痛むとか調子が悪いなどの症状は一切みられない。 ところで、“喧嘩に遭ったら逃げるが勝ち”思考だった僕が、どうして彼女に鍛えてもらおうなどと頼み込んだのか。 その理由は、能力の発現と共に蘇った、昔の記憶が原因だった。 妹と交わした、幼い日の約束。 果たすことの叶わなかった、大切な約束。 息子と娘が生き延びることを願った、本当のお母さん。 僕に助けを乞いながら死んでいった雷魅。 それを何も出来ずに眺めていた、ウソツキの自分。 十一年前の、思い出すと胸が押し潰されそうになる哀しい記憶。 僕が無力だったから。 僕に力があったなら。 或いは二人は助かったのではないか。 そして、僕と似た境遇だったあの兄妹も…。 退院してからも、僕はそんな自責の念に追われ続けていた。 それは最早どうにもならないこと。 過ぎ去った過去をいくら悔やんだところで、起きてしまった事実は書き換えられない。 過去を断ち切ることなどできない。 過去とは、その人間が人生を歩んでいく上で、一生背負っていかねばならないモノ。 鋼幽にそれを教えられたとき、思ったのだ。 それなら、もう二度とそんな過ちを繰り返さないよう、強くなろうと。 美鈴が言ってくれた、強くなろうという言葉。 それを果たす為にも。 それが、彼女らへ対する贖罪であると。 僕は、自ら血世茄に鍛えてもらうよう志願し、“黒火”という正体不明の能力を使いこなすに至ったのだ。 ―――もっとも。 これでもかというくらい手を抜いた血世茄との手合わせは、一発たりとも攻撃を当てた例がないのだけれど。
/232ページ

最初のコメントを投稿しよう!

454人が本棚に入れています
本棚に追加