Chapter1

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前へ後ろへぐらんぐらん揺れる視界の中、ツッコミと説明を同時にこなす器用な僕。 それを合図とするように、絶叫マシーンの如き揺さぶりが収まる。 「あそこか! よし!」 言うが早く、血世茄はぴょん、と勢い良くベンチから飛び降りた。 空中で無駄に一回転しながら着地。 即座に駆け出す。 「ち、ちょっと、もうすぐ閉店の時間だよ!?」 「案ずるな。 狩人の脚力を以てすれば、ほんの五分で着く」 そんなところで狩人のチカラ使わないで頂きたい。 とりあえず止めようと、既に遠ざかりつつある黒衣の老婆の背中を、僕は追いかけようとして、 「――――――――」 不意に感じた異様な気配に、その足を止めていた。 「………………」 誰かに見られているような、首筋が妙にぴりぴりする感覚。 全身の産毛が、ぞわっ、と逆立つ。 皮膚が粟立ち、背筋を駆け抜ける悪寒に戦慄する。 つい先ほどまであった茹だるような暑さは、凍えるような寒さに変わっていた。 ―――視線。 背中に向けられる、誰かに見られているという、確信。 電車の中で視線を感じて、顔を上げてみたら向かいの席の人と目が合った……そんな時の感覚に似ている。 ここには、誰もいないはずだ。 少なくとも、さっきまではいなかった。 誰かが身を隠していれば、少なくとも、気配に敏感な血世茄が気づく筈。 なら、このぴんと張り詰めた空気は、一体なんだ? 答えは二つ。 血世茄が去った直後に、何者かがこの場に現れたか。 それとも――――彼女すら感知不能なまでに、完全に気配を殺した誰かが、初めから息を潜めていて。 僕が独りになったと同時。 その気配を露わにしたか。
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