771人が本棚に入れています
本棚に追加
「待たせたね。ナビはあっても土地勘がないものだから、少し迷ってしまった」
電話での錯乱状態とはうって変わって、静かだが威圧感のある喋りだ。
これが大企業のトップの人間か。
「お父様、とりあえず座って?」
蛇に睨まれた蛙状態の俺は、カスミの父親が座った後もしばらく立ち尽くしていた。
俺の服の裾を、カスミが軽く引っ張る。
それでやっと座る事ができたぐらい、この『お父様』のオーラにやられてしまった。
怖さも不安もあるが、同じ男だからわかる。この男は、きっと素晴らしい人だ。
「さて……。話を聞かせてもらおうか」
テーブルの上で手を組み、強い眼差しでカスミと俺を交互に見る。
チラリと横目でカスミを見るが、父親に負けないぐらいの眼力。
さすが、親子だな。
「私は電話で話した通り。お父様に、私の気持ちがわかる?私の人生が、私のものではない気持ちが」
「父さんは、お前に幸せになって貰いたいんだ。カスミには、父さんの気持ちがわからないのか?」
しばらく、そんなやり取りが続いていた。
俺は完全にカヤの外。
カスミの『帰らない気持ち』と、父親の『連れて帰る気持ち』がぶつかり合う。
そして、やはり親子。
どちらも頑固だ。
最初のコメントを投稿しよう!