上京

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「私、何してるんだろう・・・」 梅雨が明け、初夏が近づいている大都会に土砂降りの雨が降りしきる。熱されたアスファルトを冷ますかのように勢いよく跳ね返る水滴と所々にできた大きな水たまりがその雨のすさまじさを物語っている。 そんな大都会の人気のない細い路地、街灯はほとんどなく、辺りは闇に包まれていた。そこに一足の薄汚れた赤い靴が落ちていた。その靴を履いては飛ばし、また履いては飛ばす、それを繰り返すずぶ濡れになった女がそこをフラフラと歩いていた。 「私、何してるんだろう・・・・」 「ここへ何しに来たんだっけ・・・・・」 心をどこかに置いてきたかのようにカラっぽの女は、独りつぶやきながらフラフラと歩いていた。 時は1週間ほどさかのぼる。 女の名前は古谷 芽衣(ふるや めい)。22歳にして初めて東京へ上京してきたばかりだった。幼いころに両親を亡くし、唯一の頼りである祖母に育てられていたが、芽衣が高校に入ると、祖母の持病が悪化し、入退院を繰り返すようになり、芽衣はその医療費を稼ぐために高校を卒業してからは近所の商店で働きながら、祖母の看病をしていた。ところが、過疎化が進む芽衣の町では、事情を知っていても、どこの商店でも、もう芽衣を雇うことはできなくなってしまった。仕事を探すために芽衣は上京してきたのだった。 行き交う人であふれ返る街の雑踏を独り、小さな決してキレイとは言えないバッグにたくさんの履歴書を持って、少し着崩れした着なれないスーツを着て、蒸し暑い昼間の公園のベンチに座っていた。今日は3件ほど会社を回ったが、何の宛てもなく、面接も苦手な芽衣はすぐに追い返されてしまった。落ち込んで元気なく辺りを見回していると中年のスーツを着た小太りの男が隣のベンチに座った。芽衣はその中年の男ですら、この都会で仕事を見つけて毎日立派に働いているんだと思うと少し格好良く見えた。 「お姉ちゃん」 その中年の男が話し掛けてきた。 「は、はい!」 芽衣は急に話し掛けられ、びっくりして声が裏返った。これだけの人がいる東京で話し掛けられたのはこれが初めてだった。 「暑いねぇ、ハンカチ持ってない?」 「あ、はい・・・」 芽衣は急いでバッグからハンカチを取り出し、その男に渡した。
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