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「幸介、これでいいのか」
社長がマイクを使わず、小さな声で幸介にささやく。
「はい、ありがとうございます」
幸介もまた、小さな声で父にささやく。会場は異様な光景にどよめき始めた。
すると幸介はマイクを持ち、スピーチを始めた。
「えー、皆さま本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、私は社長に就任するにあたって、同時に結婚をすることになりました」
ほとんどの人たちが噂で聞いていたため、あまり大きな反応はなかった。
「結婚の相手は、皆さんご存じのこの【赤い靴の掃除屋さん】ではなく、通訳の仕事をなさっている一般の方です」
芽衣はただ黙って幸介の前でスピーチを聞いていた。
「どんなうわさが広まっていたかわかりませんが、大きな勘違いがあります。それは、この結婚は僕が望んだ結婚ではないからです」
会場は一斉にざわつき始める。芽衣はその言葉に驚きながらも平然を装った。
「幸介!何を言っておる!」
社長は突然の幸介の発言に驚きを隠せなかった。
「だから僕は結婚はしません。結婚が社長になる条件だとしたら、僕はこの社長就任も断ります」
「何を!!」
社長はあまりの驚きにむせ返ってしまい、それ以上声を出せなくなってしまう。
「理由は一つです。僕には好きな人が他にいるから・・・」
幸介は遠くでライトに照らされている芽衣をみつめた。
「それは、赤い靴の掃除屋さん・・・古谷芽衣です!」
幸介の精一杯のプロポーズに会場中が大きく揺れる。芽衣自身も何が何だかわからず、呆然としていた。幸介は、芽衣を招待し、この場で直接本人に感謝と別れの言葉を告げるということを結婚の条件にしてくれと社長と約束していた。この約束を破られた社長はしてやられたという気持ちになった。
「あいつめ・・・」
社長は諦めて幸介をただ見守った。
「芽衣、こっちへ来てくれ」
芽衣は古びた赤い靴を履いたままなことを忘れ、ゆっくりとステージの前までやってくる。その表情は険しかった。
「芽衣、答えを聞かせてくれ・・・」
芽衣はステージの下から幸介に向って叫ぶ。
「あなた、何考えてるの・・・・」
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