第一章

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   「そう言えば。今の夏神って誰なんですか?」  頭に狸を乗せた煉が、雑木林を歩く。誰かが来ない事を祈るばかりだ。  「………ワシ。知らんぞ。前任の夏凛(かりん)が薬嗣の家の近場の商店街に居て初めて知ったからな。あちらとの連絡は絶っておったし、ワシが不在の間に四季神が交代するとは思わなんだ。」  交代したと聞いた時には、罠の一つかと思った。が、単に彼女が人間を好きになったので、さっさと引退しただけだった。  「夏凛ちゃんねぇ。本当に夏神に相応しい性格ですね。歩みを止める事を知らない。」  夏神。夏恵神(かけいしん)夏は成長を司り、恵をもたらす。その力は、普通の人間でも、恩恵にあずかるだけで、持っている力が、何十倍にも跳ね上がり奇跡的な成長を遂げる。例えるならば、新芽が一瞬にして巨木になるような感覚だ。当然、他の四季神同様、野心ある者は夏神を手に入れようと必死になる。  「でも夏凛ちゃん、強かったなー。四季神って基本的に秋神以外、戦闘力皆無なのに、鞭でビシバシ追っ払ってましたからね。」  「あの鞭に叩かれたいとか言う輩もおったな。痛いだけじゃろ。」  「ディープな世界ですね。で、その後釜の話しは夏凛ちゃんから聞きました?」  狸は頷く。しかしその表情は何処か曖昧だ。  「聞くには聞いたんじゃが…………『物凄い照れ屋でシャイな可愛い子ですから、虐めないでくださいね!』としか言わんのじゃ。それだけでワシなら判ると。」  狸の能力の一つに、『隠されたものを探し出す。』と言う、秘密を持っている者にしては恐ろしい能力がある。本人が分別を弁えていなければ、これ以上恐ろしい力は無いだろう。幸い狸は弁えているため、プライベートを覗き見までしないのが救いだ。  「で、見つけました?」  「こちらの世界に居るのは間違いなかろう。が。記憶を封じられているなら捜す事は出来る。………失っていたら捜せん。封じられているなら術の痕跡から判明するが、失った場合には不可能じゃ。」  「そうなると、頼りはウチの三番目の孫だけですね。今日帰って来ますよ。空振りみたいでしたが。」  …………そう言えば、狸様と居た先程の御人もシャイな人だったなー。と思いつつ、煉は雑木林を足早に歩いた。
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